真言宗御室派 甲山 神呪寺

      2017/01/22

P1230737山門は1804年(文化元年)の建立。
天部像は南方の守護神 増長天と西方の守護神 廣目天。
山号額には「武庫山」と書かれている。

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神呪という字を一見すると、何か不吉な感じがするのだが、
神呪とは般若心経にある”真言”という意味だ。
甲山を神の山と信仰したことから、この寺を神の寺(かんのじ)
→神呪寺(かんのうじ)と名付けた。

歴史

聖山の甲山は西宮市のほぼ中央に位置し、お椀を伏せたような円い美しい山で、西宮のシンボルとしても愛されている。190年頃、神功皇后が平和を祈願して金の兜を埋めたと伝えられ、また兜に似ているところから、この名がつけられた。その高さは海抜309m。山麓には県立森林公園、北山貯水池および甲山自然の家など自然を生かした施設が展開している。その甲山の中腹にある神呪寺は、海抜200mの高さにある。

天長8年(831年)10月18日、弘法大師を導師に迎えて、本堂が落慶した。淳和天皇のお妃であられた眞井御前は、当地での満3年間の修行を経て、同日、弘法大師より剃髪を受けら如意尼という憎名を授かった。数年後、当地に淳和天皇が行幸され、如意尼と相見えられたと伝えられている。

鎌倉時代初期の源頼朝の再興後も、寺は栄枯盛衰を繰り返し、戦国時代には兵火にも遇い、現在の本堂は江戸時代に再建されたものである。寺領は淳和天皇より150町歩(約45万坪)のご寄進を受け、当初250町歩(約75万坪)だったが、今の境内は20町歩(約6万坪)。

ご本尊

本尊・如意輪観音坐像は、河内の観心寺、大和の室生寺の如意輪観音像とともに、日本三如意輪と云われ、天長7年、弘法大師が如意尼のお姿をそのまま写して桜に刻まれたという秘仏。家運繁栄・商売繁昌のご利益あらたか。開扉は5月18日。融通さん、融通観音とも称されている。

如意輪観音坐像

大師堂に祀られている弘法大師像は、大師58歳のお姿で、救済の手を差し延べておられる。又、厄除大師として広く信仰を篤めている。甲山大師と称されて毎月21日がご縁日。

木造弘法大師坐像ブログ:ノンさんのテラビストより

文化財

重要文化財(国指定)

木造如意輪観音坐像

平安時代。当時の本尊。寺伝にいう空海の時代の作ではなく、10世紀後半から11世紀前半の作とされる。如意輪観音像には6臂像と2臂像があるが、この像は6臂像である。通常の如意輪観音像は右脚を立て膝とするが、本像は右脚を斜めにして左脚の上に乗せた珍しい形をしており、頭部が斜め上向きになっている点と合わせ、図像的に珍しい作例である。

木造聖観音立像 ― 平安時代
木造不動明王坐像 ― 鎌倉時代
木造弘法大師坐像 ― 鎌倉時代

その他

山門 ― 江戸時代(1804年)建立、三間一戸八脚門(中央高屋根四脚門)
~ウィキペディアより引用~

札所

新西国三十三箇所観音霊場第21番
摂津国八十八箇所第75番
摂津西国三十三箇所第3番札所
本尊は、如意輪観音

仏塔古寺十八尊第17番

~ウィキペディアより引用~
P1230732P1230731P1230712現在の本堂は1841年(天保11年)の再建。
如意輪観音坐像が本尊。10世紀末から11世紀初め頃の作品と見られ国の重要文化財。
毎年5月18日に開帳・融通観音大祭を行う。
どーでも良い話だが、お賽銭箱の形が可愛かった。

P1230723本堂の左隣には大師堂。1921年(大正元年)の上棟。
鎌倉時代の作とされ国の重要文化財に指定されている木造弘法大師坐像は毎月21日がご縁日。

P1230724鐘楼
誰でも鐘を撞くことが出来るが1回撞くのに20円支払う必要があるらしい。
(他のブログよりの情報)

P1230716本堂の裏手にある多宝塔
昭和55年に国家安泰、十方施主、万徳円満を祈願し、
神呪寺の無窮の興隆を念願して建立されたらしくかなり新しいもの。

P1230714境内から市街地を一望できる。これは素晴らしいパノラマだ。

P1230720御朱印

P1230725なかなかの急な階段。


所在地:兵庫県西宮市甲山町25-1
アクセス:阪急甲陽線甲陽園駅下車 徒歩30分もしくは、阪神線西宮駅から阪神バスで甲山大師前下車すぐ
拝観時間:9時~17時
※本尊・如意輪観音の5/18は6時から18時まで(入堂17時30分まで)
拝観料:無料
公式サイト:http://www.ne.jp/asahi/kabutoyama/kanno-ji/

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