【シャンパーニュ】POL ROGER ポル・ロジェ 第二回 各シャンパーニュについて

   

11月4日(水)、ちょうど今から一か月前になるのだが、
シャンパーニュ ポル・ロジェ社のプレステージ・キュヴェ、
Cuvee Sir Winston Churchill 2004ヴィンテージの日本リリースに伴って、
同社社長のローラン・ダルクール氏が来日した。
その際、インポーター様のご厚意で「レストラン  ヴァリエ」にて
ローラン・ダルクール氏とのランチ会に参加させて頂くことになった。

今回は、各シャンパーニュの概要について
ダルクール氏自らが語ってくださった内容をお届けしたい。

IMG_7680ローラン・ダルクール

ブルゴーニュ生まれ。パリで経済と法律を学んだ後、ラブレ・ロワ社に入社し、アメリカで一年間ワイン・コンサルティングに従事。1996年にはブルーノ・パイヤール社に入社、自身の知識と経験を活かし、国内市場、及び輸出市場の発展に貢献する。ランスのビジネス・スクールでエグゼクティブMBAのコースを修了した後、ポル・ロジェ社より仕事のオファーを受け2006年に入社。2008年6月に輸出部長に任命され、前社長パトリス・ノワイエルの引退に伴い、2013年にポル・ロジェ社社長に就任。

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Wine :

Brut Réserve NV
Brut Vintage 2006
Blanc de Blancs Vintage 2008
Rosé Vintage 2006
Cuvée Sir Winston Churchill 2004

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Brut Reserve [NV]

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ロイヤル・ワラントはエリザベス女王陛下、エディンバラ公、
プリンス・オブ・ウエールズ(チャールズ皇太子)のいずれかに5年以上
納品あるいはサービスしている(とても厳しい条件下)証であり、
現在シャンパーニュでは9社(ポル・ロジェ、ボランジェ、ローラン・ペリエ、
ペリエ・ジュエ、マム、ルイ・ロデレール、ランソン、ヴーヴ・クリコ、
モエ・エ・シャンドン)が認定されている。

その中で当社のブリュット・レゼルヴが、
キャサリン妃とウィリアム王子のロイヤル・ウェディングの
レセプションに、オフィシャルでふるまわれたのはご存じの通りだ。

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ポル・ロジェのフラッグ・シップ・キュヴェであるブリュット・レゼルヴの
葡萄品種は、ピノノワール、シャルドネ、ムニエが3分の1ずつだが
異なるクリュ、ヴィンテージのワインを約30種類ブレンドして造っている。

その際のブレンディングは非常に誇り高く複雑な仕事であり、
伝統的にポル・ロジェ家とセラーマスターだけがその作業に携わる。

葡萄から自然に流れ出てくる一番絞り(ラ・キュヴェ)のみを使用し、
厳密な温度管理の下、現代技術を駆使したステンレス・タンクで発酵、
凝縮したアロマを引き出すためにデブルバージュは低温で施す。

シャンパーニュ地方でも非常に地下深く、33m、温度も9度という低温で
湿度も安定した地下の広大なセラーで最低3年間熟成させている。

また、ルミュアージュには今でも機械(ジャイロパレット)を使用せず、
4人の動瓶職人によって、手作業でこれを行っている。

現在元クリュッグで働いていたドミニク・プティがセラーマスターを勤めている。

Blanc de Blancs Vintage [2008]

1こちらのブラン・ド・ブランはコート・デ・ブランの中でも
グラン・クリュの畑で産したシャルドネだけを使って造っている。

ヴィンテージ・シャンパーニュを造ることは難しいものだとは思っていない。

なぜなら、最良の年に、最良の畑で産した、最良の葡萄のみを使って造れば、
おのずと良いヴィンテージ・シャンパーニュが出来るからだ。

ただ、最良の葡萄全てをヴィンテージ・シャンパーニュの生産に回してしまうと、
ブリュット・レゼルヴの一貫した品質を保てなくなる恐れがあるため、
必ず、ブリュット・レゼルヴ用に、この葡萄を一部キープしている。

私はこのブラン・ド・ブランのことを“飲むダイヤモンド”と呼んでいる。

特に今2008年最新ヴィンテージは、シャルドネの豊かな酸が非常に綺麗に出て、
骨格をなし、長期熟成も十分できる、最良のヴィンテージだと感じている。

Brut Vintage [2006]

3ポル・ロジェ社が過去より評価されてきたのは
ヴィンテージ・シャンパーニュの品質の高さに他ならない。

その中でも、19世紀、ポル・ロジェ社を特に広く認知させた商品が
このブリュット・ヴィンテージだ。

色を見ると、
ブラン・ド・ブランはシャルドネ100%で造っているため、
クリアで軽やかな淡い色をしているが、
ブリュット・ヴィンテージは、
ピノ・ノワール60%、シャルドネ40%のブレンドとあって
若干濃い、黄金がかった色調となっている。

市場に出回っているヴィンテージ・シャンパーニュの中でも
ポル・ロジェ社のものは、比較的古い年代が最新のものとして
リリースされている。

この最新のブリュット・ヴィンテージ2006は、
2006年に収穫した葡萄を2007年に瓶詰し、
そこから約8年間経った今、市場へとリリースされた訳で、
非常に長い瓶内熟成期間を経ているということがお分かり頂けるだろう。

Rose Vintage [2006]

4ポル・ロジェ社は創業当初からずっと家族経営で
今、私と共にワイナリー運営を行っているのが5代目になる。
【当主Hubert de Billyと、
姉のEvelyne(ヴィンヤード・マネージャー)】

2Q== (4)Hubert de BillyEvelyne2Q== (5)Evelyne

実はポル・ロジェ社のロゼ・シャンパーニュの歴史は長くない。

その背景として、シャンパーニュ(地方)の歴史の中で、
初期のロゼ・シャンパーニュという商品は
品質が良いとはとても言い難いものだったためイメージも悪く、
ポル・ロジェ社としてはロゼの生産に踏み切らなかった。

当時のロゼ・シャンパーニュは、どういったものだったのかというと
主にナイトマーケットで飲まれるための、
すごく甘口のピンク色のスパークリングだった。

時代は流れ、4番目の当主(Christian de Billy)になったときに、
「できれば当社でもロゼ・シャンパーニュを造りたい」と
2代目の祖父(Maurice)に相談したが、
最初はもちろん反対されてしまった。

1946-1999-first_bureauChristian de BillyMaurice1900-1918-third_bureauMaurice

しかし彼(Christian de Billy)は、
アメリカの顧客からのロゼ・シャンパーニュの需要に応えようと
根気よく祖父への説得を試みた結果、
「君の代で造っても良いが、それを私には飲まさないでくれ」と
遂に生産の承諾を取り付ける。
(発売時期は定かではないらしいが、1959年頃?)

ロゼ・シャンパーニュの造り方には大きく2つあるが、

●1つ目はセニエと呼ばれる造り方で、
赤ワインを造る時と同じく、黒ブドウを破砕してから醸しを行い、
果汁が淡いピンクの色調になった段階で果汁だけを抜き取る方法。

●2つ目はシャンパーニュでもともと伝統的に行われている、
白ワインと赤ワインをブレンドしてロゼを造る
アッサンブラージュという方法。

ポル・ロジェ社では、アッサンブラージュを採用している。

ベースになるのは一つ前のブリュット・ヴンテージで、
ピノ・ノワール60%、シャルドネ40%の白いスティルワインを造り、
そこに10~15%程、ピノ・ノワールの赤ワインをブレンドする。
その後、瓶詰をし、地下で瓶内二次発酵という流れになる。

ピノ・ノワールはブジー、アンボネイといった特級村の他、
キュミエール村という生産地として非常に良い村で採れたものを使っている。

近年のロゼ・シャンパーニュは
辛口が好まれるようになってきた為、
どこもドザージュをどんどん低めにしている傾向だが、
ポル・ロジェ社でもドザージュの量は年々減少傾向にあり、
今は平均すると8g/Lぐらいになっている。

Pol Roger Cuvee Sir Winston Churchill [2004]

5チャーチル氏(1874年11月30日 - 1965年1月24日)が
ポル・ロジェ社のシャンパーニュを初めて購入したのは1908年。
イギリスのワイン商を通じて、1895年ヴィンテージをご購入したと
当時の請求書履歴にある。

1901_churchill-single-Winston Churchill

チャーチル氏はそれを大変気に入ったようで、
以降、ヴィンテージ・シャンパーニュの愛好家になった。

チャーチル氏が特に好きだったヴィンテージは、1914年、1928年、1935年。
戦後は、1947年ヴィンテージを好んで飲んでいた。(彼が亡くなるまで)

チャーチル家とポル・ロジェ家の親交が深まった経緯

downloadOdette Pol-Roger

第二次世界大戦後、パリの駐在英国大使が開いた晩餐会にて
チャーチル氏と、当時、ポル・ロジェ家のオーナー当主の妻であり、
ポル・ロジェ社のアンバサダーだった、Odette Pol-Rogerが初めて顔を合わせる。
Odetteはとても美しく、出会った瞬間、彼女に心を奪われてしまう。
2人は瞬く間に親しくなり、そこからチャーチル家とポル・ロジェ家の親交が始まった。

2Q==

チャーチル氏がポル・ロジェ社のシャンパーニュをこよなく愛した、
有名なエピソードとして、チャーチル氏保有の競走馬に「ポル・ロジェ号」と命名、
また、Odetteには沢山の手紙を書いた。

当時のポル・ロジェ社の住所は、シャンパーニュ通り44番地という住所だったのだが、
「シャンパーニュ通り44番地は世界で最も飲みごたえのある住所だ!」と
Odetteに向けた手紙内に書き綴った。

チャーチル氏は、いつかポル・ロジェ社を訪れたいと語っていたが、
残念ながらそれは叶わぬまま1965年にこの世を去った。

その当時、ブリュット・ヴィンテージが白いラベルだったのだが、
チャーチル氏が亡くなられた1965年~90年、イギリス市場に出荷されたものについては
白いラベルの周囲に黒い縁取りを付けて、哀悼の意をささげた。

Pol_Roger_1973_UK_and_non-UK_label(右がイギリス限定ラベル Great Britainの表記がある)

そして、チャーチル氏の没後10年目の1975年、
オマージュを込めた特別なキュヴェを造りたいと、チャーチル家と話し合いを行い、
1984年6月にキュヴェ・サー・ウィンストン・チャーチル1975がリリースされた。
(イギリスの市場のみ、マグナムサイズでリリース)

コンセプトは、チャーチル氏が生前に愛した偉大なるヴィンテージの特に3つ、
1928年、1935年、1947年の力強いブリュット・ヴィンテージの再現にある。

1使っている葡萄は、歴史的価値のあるグランクリュの畑のものだけを使い、
ピノ・ノワールが主体となっている。(PNとChの比率は門外不出)
もし今、チャーチル氏が生きていたら好んで飲んでくれるであろう。

当初はファースト・ヴィンテージをお披露目して終わる予定だったが、
その後、チャーチル家の方々と話をし、良い年には造り続けることで合意し、
一般の市場でも発売される様になった。

この2004年ヴィンテージは、数えて15個目のヴィンテージになる。


第三回へ続く

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