エティエンヌ・ヒューゲル 来日セミナーレポート その1

   

1アルザス地方を代表するワイン生産者、ファミーユ・ヒューゲル。
この地で1639年からワイン造りを行っている老舗のワイナリーだ。

これまで13代360年以上に渡って「ワインの品質は、100%ブドウそのものによる」
という黄金律を守り続け、家族経営でブドウ栽培とワイン造りの歴史を刻んできた。

ヒューゲル家は、アルザス地方で最も高貴なワイン産地の一つとされる
リクヴィールの地に25ha以上のブドウ畑を所有。
しかも、ほぼ半分が平均樹齢30年のグラン・クリュの畑で、
化学肥料不使用、過剰な収穫はしない、余分な房は落とし、収穫は手摘みで行う
などを実践し、常に高品質なワインを生み出し続けている。

醸造においては、「ワインはすでにブドウの中に存在している」という考え方の下、
収穫したブドウはゆっくりと丁寧にプレス。大樽もしくはステンレスタンクの中で
自然酵母によって発酵させる。
樽の香りをつけたり、補糖をしたりするような人工的な作業は一切行わない、
典型的なアルザスワインのスタイルを手ごろな価格で楽しめることでも評価が高く、
ワイン評論家ロバート・パーカー氏の著書「パーカー バイヤーズガイド」では、
最高評価の5ツ星★★★★★を獲得している。

スポンサーリンク

忍者ad


 

今回、13世代にわたる家族経営の伝統を誇るアルザスのヒューゲル・エ・フィスが、
社名をファミーユ・フューゲルに変更、またグランクリュや単一畑を発売するなど
商品ラインアップを一新した。

これを機に、
ファミーユ・ヒューゲルの12代目当主、エティエンヌ・ヒューゲル氏が来日し、
「ファミーユ・ヒューゲル 新ポートフォリオ・セミナー」を開催。

インポーター様のご厚意によりこのセミナーに参加させて頂いたのだが、
アルザス無知な私としては、非常に勉強になり、そして興味を持った。
またリースリングが素晴らしいものだったので、取り扱いを検討している。

そこで商品ページ作成の準備のために、書き起こしたセミナー内容の要約版を
2回に渡ってUPしようと思う。

開催日  2016年2月9日(火)
会 場  アルモニーアンブラッセ大阪
時 間  セミナー 14:30~16:00
講 師       エティエンヌ・ヒューゲル氏

ワイン
Gentil 2014
Riesling Classic 2013
Riesling Estate 2011
Grossi Laüe Riesling 2010
Riesling Schoelhammer 2007
Pinot Gris Classic 2013
Grossi Laüe Pinot Gris 2010
Gewurztraminer Estate 2012
Gewurztraminer Vendange Tardive 2007

111(通訳は、いつも素晴らしい山下さん)

ファミーユ・ヒューゲル 新ポートフォリオ・セミナー

P1190224(エティエンヌ・ヒューゲル氏)
1958年アルザス・リクヴィール生まれ。
79年ストラスブール大商学部卒。
ブルゴーニュの「ジョセフ・ドルーアン」や
ボルドー・ソーテルヌ地区での醸造研修を経て
82年にファミリー・ビジネスに参加。
地元品種をブレンドしたワイン「ジョンティ」を発案。
販売促進担当として世界中を駆け回っている。

アルザスの位置と地質について

WS000002まず簡単にアルザスの位置を思い出して頂きたい。
緯度としてはシャンパーニュとブルゴーニュの中間、
フランスの中では最も内陸に位置し、非常に乾燥している。
これは、アルザス地方の西にそびえるヴォージュ山脈が
西から流れてくる雲を塞ぎ止めるため、年間雨量が極めて少ないためだ。
また冷涼で長いブドウの育成期間があるので、
ゆっくりと完全に熟成させることができ、ワインに素晴らしいフィネスと
アロマをもたらし、他とは比べものにならない凝縮度を与えることが出来る。

そして、アルザスで特筆すべき点が地質だ。
産地には、様々な異なるタイプの地質がパッチワーク状に広がっており
地質学にとって、お手本になるような土壌がたくさん見られる。

いくつか簡単な例を挙げると、
ツィント・フンブレヒトがあるエリア、ここは火山岩が特徴だ。
シュルンベルジェがあるエリアは赤味を帯びた砂質土壌が特徴
ドメーヌ ヴァインバックがあるエリアは花崗岩が主流になる。
オステルタグやクライデンヴァイスがあるエリアはスレートといわれる土壌
これは主にドイツで見られる土壌になる。

マルセル・ダイスが本拠地を構えているベルクハイム村、
トリンバックがあるリボーヴィレ村、
そして私共ヒューゲルがあるリクヴィール村、
この3つの村というのは5kmの中に密集しているエリアだが、
ここは三畳紀からジュラ紀の粘土石灰質が主流になる。
この土壌はブルゴーニュの土壌に極めて近い。

私共はリクヴィール村の約2km四方に渡って畑を持っており、
12の異なる地層が見られる。

私共の産地から20kmほど東側に行くと堆石土が溜まった平地になる。
そこに畑は無く、先に進むとライン川があり、その向こうはドイツだ。
因みにライン川はかなり遠いので栽培に対する川の影響というのは一切ない。

SKM_C284e16022001100

リクヴィールについて

下の絵は、私共の本拠地リクヴィール村の昔の様子を描いたものだ。
この絵が描かれた当時とフューゲル家がリクヴィールに土地を構えたのと
ほぼ同時期で、私共がワイン造りを始めたのは1639年に遡る。

SKM_C284e16022001080

この村は、現存している建物の90パーセントが当時のままの姿を残しており、
私共のワイナリーはほぼ中心部にある。

この絵で非常に重要なのが、斜面の畑だ。

そこは私共の自社畑「シュナンブール(グランクリュ )」で、
既に400年前から〝最も高貴なワインを生む畑″ということで
非常に高い評価を受けていたということだ。

名称未設定-2hugel_riquewihrdepuisleschoenenbourgoctobre2012_7835(シュナンブールからリクヴィール村を望む)

hugel_riquewihrrueducheval_1910これはリクヴィール村の中の建物の写真で、
そのほとんどが15世紀から16世紀に建てられたものだ。
それぞれの建物には建てられた年号が入っており、
兄のオフィスの建物には1551年と描かれている。

リクヴィールは非常に小さな村だが、観光客が毎年200万人ほど来る。

村が栄えたきっかけはもちろんワイン生産だ。

hugel_riquewihrproprietehugel1551_1912

”フレデリック・エミール・ヒューゲル”
ファミリーネームであるヒューゲルは丘からきている。
紋章には三つの半円が描かれているが、これが丘をさしている。

hugel_sylv_hugeljpg_3587

アルザスの歴史について

私はアルザスの歴史をお伝えすることが非常に重要だと思っている。

ご存知のように、この地で採掘された鉄鉱石や石炭を巡り繰り返された、
フランスとドイツによる戦争の歴史的背景によって、
さまざまな文化が融合し、独自の発展を遂げた地域だからだ。

1871年から48年間、アルザスはドイツ領になっており、
1918年のヴェルサイユ条約により、フランスに返還された訳だが、
その際、国籍も変わるので
お客様もまたゼロから築いていかなければならなかった。

また、ラベルもドイツ領時代はドイツ語で描かれており、
これも全て一新しなければならなかった。

更に1930年から1950年というのは第二次世界大戦の影響で
アルザスでも様々な問題が発生した。

hugel_photocouleurderiquewihren1942_1923hugel_riquewihrle5decembre1944_1918

普仏戦争からナチ戦略解放、アルザスの言語戦争
アルザス人たちは1648年以来フランス人となり、フランス革命やナポレオン戦争を戦い、その後二度ドイツに併合された(普仏戦争後に48年、ナチス・ ドイツに5年)。ドイツ帝国の支配化では、アルザス地方に再び公用語としてのドイツ語が導入され、それに伴い数々の言語対立が生まれた。同時に、2言語使用の導入の是非がおもに教育面で議論の対象になり始めた。第1次世界大戦が終結した後、アルザス地方は再度フランスへ復帰した。当然公用語としてのフランス語がドイツ語に代わり重視されるようになり、その結果としてのドイツ語およびアルザス方言の政策上の軽視がアルザス住民の反発を生み、言語政策をめぐる住民と政府側の対立は深まっていった。ナチス支配では、アルザスにおけるフランス的なものがことごとく排除され、ドイツ的なものへと変換されていった。当然フランス語もその対象になった。


 

ヒューゲル家の歴史

1112hugel_chargementpourlebresil1950_1890上の写真は1950年代ブラジルのサンパウロに出荷していた時の様子だ。
この頃から海外への輸出を本格的にスタートし、アメリカをはじめ
香港・日本・シンガポール市場に進出した。

日本とは60年という非常に長い取引実績があり、その間の取引インポーターは
2社しか変わっておらずとても誇りに思う。

13
14

 - テイスティング, ワインの知識 , , ,